墨攻
時は今を去る約2500年前、中国では集住戦国時代に入り、各地の封建諸侯が入り乱れての覇権争いを繰り返していた。
やがてその中でも秦の始皇帝が全国を統一することになる。その理論的主柱は、法家という強権的な法治主義を唱えていた理論集団であったが、墨家とはその法家と対極をなす理想主義を掲げる理論集団であった。
このことを頭に入れて、映画を鑑賞するといっそう面白くなる。
こんにちは! 中国の春秋戦国時代の墨家集団の活躍を著した中国映画「墨攻」の評論と歴史的背景をお届けします。群雄割拠の時代に非戦を唱え、専守防衛論を真正面に掲げ実戦で戦った墨家の実践的指導者を画いたものです。
映画の紹介
戦乱の中国を舞台に、非攻(侵略戦争否定)を説いた”墨家”という理論集団の天才戦術家革離の活躍を、中国・日本・香港・韓国の合作で映画化した歴史アクション超大作。今香港で闘われている自由を自立を求める運動にも通じるものがあります。雨傘、マスクなど実に多彩な戦術を繰り出してきます。
映画データ
製作年:2006年
製作国:中国/日本/香港/韓国
原題:A BATTLE OF WITS
製作:ホアン・チェンシン 、 ワン・チョンレイ 、 ツイ・シウミン 、 リー・ジョーイック 、 井関惺
製作総指揮:ワン・チョンジュン 、 スティーヴン・ン 、 ホン・ボンチュル
出演:アンディ・ラウ 、 アン・ソンギ 、 ワン・チーウェン 、 ファン・ビンビン 、 ウー・チーロン 、 チェ・シウォン 、 ワン・チーウェン
監督:ジェイコブ・チャン
ストーリー
紀元前370年頃の戦国時代、攻撃をせずに守り抜くことに徹した“非攻”を信念とする集団“墨家”がいた。
その頃、大国・趙が送り込んだ10万の大軍を前に、全住民わずか4千人の梁城は落城寸前の危機に瀕していた。
梁王は墨家に援軍を求めるが、やって来たのは粗末な身なりの革離ただ1人だった…。
背景と見どころ
墨家は墨子に創設された理論軍事集団で当初は儒家と激しく対立し、相応の影響力を有したが、かなり限定された規模の組織を統制する方法を天下に敷衍しようとするもので、現実的に有効なものになり得なかった。その教えは兼愛・非攻という特殊な理論体系であった。しかし、陰謀や権謀術数の渦巻く春秋戦国時代にあって、このような理論戦闘集団が一時的にも、部分的にせよ現実に存在し、活躍することがあったということは見所といえよう。「墨守」という言葉が残るように、墨家は現実ではこの映画に見るように、防御戦に関する豊富な経験や知識をもっており、その戦いぶりもめざましいものであった。これらの闘い方は、後の日本の楠正成や真田幸村などにも踏襲されたのではないかと思われる。
後書き
ネットで見かけた映画評論に、主人公の革離と将軍の娘扮するファンビンビンのラブシーンがストーリーの邪魔になっているという批評がなされていたが、私の見る限り、二人のラブシーンなどどこにも見当たらない。逆にもっと色香を魅せるほうがよかったのではと思っているくらいだ。
このような評論は、映画の本質を貶めるもので、少し残念だ。あの殺伐とした戦場で、まだ美しさを放っているファンビンビンが扮するゲリラは美しい。
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映画データ
製作年:2006年
製作国:中国/日本/香港/韓国
原題:A BATTLE OF WITS
製作:ホアン・チェンシン 、 ワン・チョンレイ 、 ツイ・シウミン 、 リー・ジョーイック 、 井関惺
製作総指揮:ワン・チョンジュン 、 スティーヴン・ン 、 ホン・ボンチュル
出演:アンディ・ラウ 、 アン・ソンギ 、 ワン・チーウェン 、 ファン・ビンビン 、 ウー・チーロン 、 チェ・シウォン 、 ワン・チーウェン
監督:ジェイコブ・チャン
ストーリー
紀元前370年頃の戦国時代、攻撃をせずに守り抜くことに徹した“非攻”を信念とする集団“墨家”がいた。
その頃、大国・趙が送り込んだ10万の大軍を前に、全住民わずか4千人の梁城は落城寸前の危機に瀕していた。
梁王は墨家に援軍を求めるが、やって来たのは粗末な身なりの革離ただ1人だった…。
背景と見どころ
墨家は墨子に創設された理論軍事集団で当初は儒家と激しく対立し、相応の影響力を有したが、かなり限定された規模の組織を統制する方法を天下に敷衍しようとするもので、現実的に有効なものになり得なかった。その教えは兼愛・非攻という特殊な理論体系であった。しかし、陰謀や権謀術数の渦巻く春秋戦国時代にあって、このような理論戦闘集団が一時的にも、部分的にせよ現実に存在し、活躍することがあったということは見所といえよう。「墨守」という言葉が残るように、墨家は現実ではこの映画に見るように、防御戦に関する豊富な経験や知識をもっており、その戦いぶりもめざましいものであった。これらの闘い方は、後の日本の楠正成や真田幸村などにも踏襲されたのではないかと思われる。
後書き
ネットで見かけた映画評論に、主人公の革離と将軍の娘扮するファンビンビンのラブシーンがストーリーの邪魔になっているという批評がなされていたが、私の見る限り、二人のラブシーンなどどこにも見当たらない。逆にもっと色香を魅せるほうがよかったのではと思っているくらいだ。
このような評論は、映画の本質を貶めるもので、少し残念だ。あの殺伐とした戦場で、まだ美しさを放っているファンビンビンが扮するゲリラは美しい。
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